2016年12月、伊藤壇さんが主宰するチャレンジャスアジアに参加し、そこでサッカー選手としての現役引退を決意した山本さん。
そして、次の目標として掲げたのが指導者として――監督・コーチとして、アジアのプロサッカーリーグのピッチに立つことだった。
アジアのサッカープロリーグの監督をめざす
ということで、今度は選手としてではなく、監督・コーチとしてアジアをめざすことになった。
とはいえ、仕事をしないと日々の生活が成り立たないので、そのあたりのことを伺うと、
- 北海道コンサドーレ札幌の下部組織のトレーニングコーチ
- 北海道の建設会社
- 元いた社会人チームのコーチ
- 特別支援学校の教員(期限付教諭)
といった仕事を手がけた。
2つ目の「北海道の建設会社」というのは、就職先の会社が「企業側の人材確保」と「アスリート側の生活安定、プロへのチャレンジジ」の両者の要望をマッチングさせた雇用事業を展開しており、そのアスリート支援枠で山本さんも就職し、ご自身はサッカーの監督・コーチをめざして、働きながらコーチングの勉強を進めた。
ちなみに、この雇用事業は伊藤壇さんと同企業との共同プロジェクトで、ここでも伊藤さんの力が働いている。
学校の期限付教諭として働きながらA級コーチライセンスをめざす
現在は北海道の特別支援学校の期限付教諭として働いている。
正職員に戻れないんですか?と訊いてみたところ、「試験を受ければ戻れます。多分、受ければ受かりますけど(笑)」とのこと。
ただ、正規採用となると北海道全域が採用地域の対象になるので。それと、アジアで監督やってみたいとかそういう仕事してみたいっていう希望があるから、もしもう一回採用されてしまったらまた辞めなきゃいけなくなっちゃって…。
迷惑かけちゃうし。
だったら期限付きの今の雇用形態がいいかなって。
ちなみに、ライセンスは取られたんですか?
今、B級っていうところまで取りました。JFAのライセンスのBっていうところまで取って、来年(2023年)A級を取得します。
Jリーグの監督をするには、同ライセンスのS級がいる。
A級まで取ると、アジアの各国のリーグのプロチームからの話が出てくるそうで、アジアの中では日本のライセンスが一番評価されているという。
難易度を伺うと、各地域で「B級の受験者は何人」とか決まっていて、A級に関していうと、「北海道だけでその年受けれるのが2人とか。1人とかなので」とのこと。
じゃ、実際に試験を受けるまでに、その下に何十人、何百人といるんですね。
そうですそうです。それで、北海道の二枠に選ばれて、日本サッカー協会に受けに行く感じです。
そこまで行ったら、落ちる人もいるんですけど、よっぽどじゃない限り落ちなくて。講習とか、いろいろな課題があるんですけど。
講習とかがあるんですね。それは何でしょう、筆記とか…。
筆記と実技。実技はコーチングの指導実践っていう実技と、プレーもするし、もちろん筆記試験もあるし、論文もあるしとか、面接もあるし、だいぶきついですよ。
ただ僕の場合は、一回プロの選手になったっていう肩書きができたんで、免除されるところが多かったんです。
なるほど。じゃあ今後の目標はこればっかりはどうなるかわかんないですけど、アジアのどっかの国の地域のプロの監督になるっていうのが。
そうですね。そこを一つ目標にして。
サッカースクールほか、高校のサッカー部の外部アシスタントも担当
2020年4月、伊藤壇さんがクラーク記念国際高等学校サッカー部の初代監督に就任した。
その伊藤さんの監督就任以降、山本さんはそのお手伝いもしているほか、伊藤壇さんが主宰している「チャレンジャス」というサッカースクールで小学生などの指導も手がけている。
コンサドーレで子供たちを教えたときにも感じたことなんですけど、サッカーやったことない子とか、やり始めの子にサッカーを教えることで、その子たちが上達するだけじゃなくてサッカーにのめりこんでいく姿を見るのがすごい楽しいというか、大きな魅力になっていて。
指導されているときに、常に意識されていることはあったりしますか?
あの、サッカーそんなに甘いもんじゃないっていう。
いきなり厳しい(笑)。
いや、厳しいというより、誰よりも練習しなかったら上手くならないよっていうのはずっと言い続けました。
だから僕は上手い下手じゃなくて一生懸命やる子が大好きだったから、いろんな子いたし、例えば幼稚園の子とかだったらまだ人見知りでお母さんとじゃなきゃできない子とかもいたけど、やり始めたら一生懸命やったりとか、そういうのは上手い下手の問題じゃないなって思いました。
なるほど。43歳でプロになったり、ご自身しか体験してないこともいっぱいあったと思うんですけど、「僕だから伝えられること」みたいなのはどんなことがありますか?
まず大切なことは、自分で決めて自分で行動するっていう、物事の損得を考えないっていうところが、自分の夢とかそういうことに対しては絶対に必要な要素なんじゃないかなって思うし、どうしても「失敗したらどうしよう」とか天秤にかけたりとかあると思うんですけど、そういうことを一切考えないでまず自分が決める。
リスクを背負うというか?
そのリスクもリスクだって思わないで、もし決まらなかったら実力だと思って。すべてベクトルは自分に向けてやるべきなんじゃないかなって。
なるほど。ほかに指導中に心がけられていることとかあったりしますか?
全部の練習に、「今やってるこの練習と、この練習は、試合中のことをイメージしながらやった?」って必ず言います。
ボールを止めて蹴るまでのこのスピードは、ここに誰もいない今の状況だからできるけど、ここにもしディフェンスいたら、そのプレーのスキルだと試合中ボールは取られる。「じゃあ、どうしたらいい」って必ず言ってます。
やっぱり練習のための練習じゃダメってことですよね。
そうですね。あとは、特に小さい頃にサッカー以外のスポーツとかに取り組んだりして、身体を鍛えるのもいいと思います。
それはサッカーの技術的なことじゃなくて。
はい。小学生、中学生くらいならごまかし効くんですけど、高校生ぐらいになってくるとやっぱりデカかったり、パワーあったり、速かったりっていうそういう選手って他の選手よりもアドバンテージがあるんで。
だから、デカくなくてもパワーだったりとか、速さだったりとかっていうのを鍛えなきゃいけないし、逆に言ったらそういう能力を持ってる選手は仮に技術的にちょっと低くても先々明るいと思います。
一点突破じゃないけど、何か特色があった方がサッカー選手としても大成しやすいと。
まさに高校サッカーとか見てても、ちょっと下手だけどものすごい足の速い選手とか、代表で言ったら伊藤純也みたいな、あのぐらいのスピードがあって、まあ伊藤純也はサッカーも上手ですけど、サッカーあんま上手くなくていいからあれぐらいスピードがあった方が、やっぱりプロの近道かなぁって。
素質だけでごまかしが効くのは高校生まで!?
高校のサッカー部やサッカースクールのお手伝いをしながら、自身もコーチングについて学んでいる山本さんだが、現役の高校生たちを見ていて思ったのは、「できないことに蓋をしてしまう子が多い」ということ。
例えば、右のキックは精度よく蹴れるけど、左足はそこまででもない。
普通そこを左も右と同じくらい蹴れるように練習するんですよ。だけど、そこをなかったことにして右足だけ使えばいいやって思って階段を一段飛ばしして行けばプロになれるんじゃないかと思ってるけど、そんなことは絶対になくて。
そこの階段を地道にクリアしていかないと、プロにはなれなくて。
それはご自身がやられてきたから説得力があるというか、実感を持って。
僕みたいに下手くそな選手でもピッチに立つためにやって来たことっていうと、そういう下地になることしかやってきてないんで。
そういう意味ではトッププロの人たちっていうのは、我々は華やかな試合しか見てないですけど、下積みの血のにじむようなというか。
天才だって、信じられないぐらいの努力をしてきたからこその天才だと思います。
一時代前の中田英寿とか、小野伸二とかもそうですけど、あんなに華やかで素晴らしい、世界でも通用する選手ですけど、じゃあどうしてたのって言ったら、僕たちじゃかなわない量のトレーニングやってます。
天才って言われる人は単に才能にあふれてるだけじゃなくて、ちゃんと裏打ちされたものがあって、その2つがあってトップの世界で活躍できると。
今の日本代表の選手たちもみんなそうだと思います。すごいし、世界でも通用する選手たちは「技術的にすごい」って言いますけど、技術の前にやってることって、普段何やってますかって言ったら、みんなが「えーっ」て言うようなことが多いと思いますよ。
それは基礎の反復みたいな…?
だと思います。延々と長距離を走らさせたり、今の時代だと過度な反復練習とかだと問題視する人がいるかもしれませんけど、そういうことがなくサッカーの上手さだけで小学生の時から上積みのある選手って、高校ぐらいで頭打ちになることが多いです。
それで、気が付いてみたら北海道でも一番って言われてたやつが、プロになってねーじゃんみたいな。
仰ったみたいに高校ぐらいまでやと、素質だけでなんとか行けるけど。
高校サッカーですら通用しなくなりますね。今、壇と一緒にやってる学校もそうですけど、上手いに超したことは無いけど上手いだけの選手は使わないです。
やっぱりそういうところにしっかり取り組んでる選手、プラス技術のある選手を使うし。天秤にかかってあと一人誰使うってなったら、やっぱりしっかり走れる選手とかぶつかれる選手を使います。
アジアのサッカー監督のギャランティは?
アジアのプロサッカーチームの監督になるのが山本さんの今の目標で、JFAのB級コーチライセンスを取得し、次のステップとしてA級コーチライセンスの取得をめざしている。
で、下世話な話だけどちょっと気になったので、アジアで監督になった場合のギャランティについて訊いてみた。
B級だと、まあ4、50万ってところ。A級になると、その契約内容に例えば通訳が付くとか、日本との航空チケットが年に何回付くとか。
あとインセンティブで、勝利するとプラスこれくらいっていうのが付いたりします。
なるほど、プロの世界は結果を出せばそうやってプラスになるけど、ダメだったらすぐ…。
3連敗くらいしたら即クビです…。
そんな厳しいんですか(笑)。
アジアはそんなもんです。監督すら、もういらないんで。
ちなみに、アジアにおける日本人監督の需要について訊いてみると、そこそこ高いとのこと。
アジアの中で日本のサッカーのレベルが高いというのもあるし、特に途上国でサッカー熱はあるけど強くはないという国などは、「日本人が指導者になってくれ」「教え込んで」っていう依頼がけっこうあるのだという。
実際、そういう話はアジアのサッカー界に精通している伊藤壇さんの元にはもとより、日本サッカー協会にもけっこう問い合わせが来ているんだとか。
中国のトップチームが持っているサッカーアカデミーで、高校生と中学生のチームの兼任監督を、監督とゴールキーパーコーチと合わせて月〇〇万とか。まあ、行かないですけど(笑)。
あと、その案件は通訳がいなかったから、中国語が必須だったりしましたけど。
いま言葉の問題が出ましたけど、そういえばモンゴルに行ったときは英語でやりとりしてたんですか?
英語ですね。英語わかるやつがチームに何人かいて、日本語わかるやつも一人いました。
で、試合中夢中になったら完全に僕は日本語出てました。「ライン上げろよ!」とか言って(笑)。
一応伝わるもんなんですね(笑)。
ここまで、始まりから引退のとこまで伺いましたけど、山本さんにとってサッカーっていうのはどういうものですか?
振り返ってみたら自分の人生はサッカー中心だったんですけど、やっぱり僕っていう未熟な人間をすべてサッカーが成長させてくれたっていうか。サッカーのおかげで今があると思うんで。
プロになりたかったとか、それに向けてやってきたことはもちろん、一生懸命やってきたことのすべてが、自分の今の姿につながってて。だからやってきてよかったし、これからもサッカーには携わりたいなって思っています。
さいごに
今年(2022)の8月に、当サイトのメールフォームから一通のメールが届く。
それが山本真也さんからのもので、今回の記事で紹介したようなご自身の経歴が簡単に紹介され、「一度、取材していただきたく思っています」とのご依頼があった。
大歓迎なんだけど、お住まいが札幌ということで、現実的に取材・撮影にすぐには行けないので(当方は大阪)、
- ZOOMなどオンラインで取材を行う
- 撮影に伺えないので、手持ちの画像を過去のものも含めて送っていただく
ということを打診し、問題がなければ記事を作成させてもらいますと返信した。
実はその1カ月くらい前に、メキシコ在住のスミス健人さんから同じようなメッセージが届き、同じzoom取材、写真を提供いただくという条件で記事化したことがあった。
それとおんなじ感じでよかったら、なんとか記事にできるかなと。
山本さんにも快諾いただき、そういう段取りで進めことになった。
ただ、8月、9月はすでに取材予定がいくつか入っており、9月末くらいでお願いできますかということで話を進めていた。
そんな9月上旬のある日、山本さんからメールが届く。
最初にお話していたズームでの取材ですが、ズームでも全然いいのですが、私がそちらに行ったら、直接、取材はしていただけるのでしょうか?
とのこと。
わざわざ北海道から来ていただくのは申し訳ないような気もするが、来ていただき、取材・撮影対応すること自体は問題なかったので、「こちらは全然大丈夫です!」とお返事をかえす。
それで実現したのが、今回の大阪城公園での撮影だった。
撮影当日は、競馬の菊花賞が行われる日の前日で、競馬が大好きだという山本さんと競馬の話でも盛り上がった(著書にもあったが、オグリキャップとディープインパクトが大好きとのこと)。
競馬の話もインタビュー記事にできたらよかったんだけど、めちゃ長くなったんで今回は割愛する。
で、今まさにこれを書いている時、FIFAワールドカップカタール2022が行われていて、日本代表が予選リーグでドイツとスペインを撃破して、決勝リーグ進出を決めた。
結果的に、その決勝進出を決めた田中碧のゴールのアシストをした三笘の折り返しのプレーを見て(VAR判定なったやつ)、思い出したのが、山本さんが一言だ。
「試合での1cm、1mmのための日々の反復練習」の大切さ。
それが試合で活かされると。
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