2014年7月に自身のキャリアのなかでもっとも長い期間務めた会社を辞め、その後契約社員として比較責任感の重くない仕事をこなしつつ、本屋さんの開店準備を進めた。
そして、2014年12月に葉ね文庫がオープンする。
第1話でご紹介したように、葉ね文庫さんは短歌、俳句、詩などの書籍が充実している。
どうしてそうなったのかの端緒は、池上さんが短歌に出会って自作もしてたってこともあるんだけど、退職直前の2014年7月のイベントにあった。
※写真:白石卓也
短歌を主軸にした本屋さんのコンセプト

2014年7月に何があったのかというと、「大阪短歌チョップ」というイベントを行ったのだった。
その2014年のイベントのサイトがあったので貼っときます。
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短歌のイベントで歌集の需要を実感

トークセッションや朗読ライブをはじめ、展示や歌会のほか、歌集の即売も行われた。
もともと主催者と知り合いだった池上さんは、その歌集の売り子としてイベントに参加した。

そしたら歌集がめっちゃ売れて。やっぱりニーズあんねんなみたいな。
ふんわり(歌集や詩集を店に)置きたいなと思いつつ、欲しい人そんないるかなって。自分が短歌やってて、(歌集などの)本が買いにくいのは知ってたけど。



実際にイベントで並べてみたら、めちゃ売れるやんみたいな。



はい、需要があるのが実感できた感じで。
で、そのイベントのときにね、主催の方が直接出版社にメールとかして本を送ってもらってたんですよ。



取次業者を介さず、短歌とかけっこうニッチな分野だから、直の取引でも全然対応してくれはると。



イベントでは対応していただけたけど、本屋の直接の仕入れってなるとどうだろう、っていう心配はしていました。でもお願いしてみたら、快く対応してくださって。
新本があるから「短歌の本いっぱい置きますよ」って言える。…その、古本が、全然足りなくてっていうのもあったんですけど。
新刊の主軸として短歌の本を置く


イベント「短歌チョップ」が池上さんの心を大きく後押ししたのは事実だったが、実は会社を辞め、本屋さんをやることを決意した1年くらい前から、「新刊の主軸として短歌の本を置く」というのはぼんやりとだけど考えていたという。
自身、短歌をやり出すようようになって歌集を読み始めたが、本屋さんなどでもなかなか手に入りにくいことを実感していた。



なんかまあ、お店の特色、色を出さなあかんなと思ってたのもあったし、「短歌チョップ」でめちゃ売れるのもわかったのもあって。



いけるな、と。てか、そのイベントで何百冊とか売れたんですか?



数字は覚えてないけど、かなり売れていたはずです。



なるほど。池上さん自身、歌集とかほしいけどなかなか買えないって経験があって、自分とおんなじ境遇というか、欲しいけど普段買えない人がいっぱいいるんだと実感して、ご自身が(短歌が)好きというのもあるけど
ちゃんと売れるんだってところで、出版社にもオファーをかけたと。
で、結果的にそれが葉ね文庫の特色になってったわけですね。
開店ブログを見て寄付された貴重な歌集が、開店時の古本の目玉商品に


一方、古本屋さんをやる場合は、お客さんからの古書買取をメインにするお店と、組合(古書籍商業協同組合)から仕入れるのと大別して2パターンある。
池上さんの場合、昼間のお仕事をする前提だったので、「平日に市場に行くことができない」という理由で組合は入らなかった。



だから、オープンのときは自分が持ってた本と、親戚からもらった本とかを並べて。
あと、筒井さんっていうね、いま左右社で編集者として大活躍してはる方がいるんですけど、葉ね文庫の「開店ブログ」を見て、本を寄付してくださったんですよ。



ええ、そうなんですね。けっこうたくさん?



めっちゃいい本ばっかりで。そのすごいレアな本とかもいっぱいあって、とりあえずそのオープンの時の目玉になる本ばっかりで。
短歌系の本で、一番手に入りにくい貴重な本をたくさん送ってくださって。



その人、太っ腹というかなんというか。



そうなんですよ、めちゃくちゃ有り難かったです。本当に古本は弱かったので、筒井さんが寄付してくださった本がなかったら成り立ってなかったというか、すごく感謝しています。
開店後、他にも寄付してくださった歌人さんがいて、お名前を出すことは控えてますけど、そのときもほんとに嬉しかったですね。
昼間の仕事をしながら本屋を運営していく日々


その後、第1話でご紹介したような棚やテーブルを入れたり、カーペットを敷いたりといった工程を経て、12月6日にお店をオープンさせる。
今と多少営業時間が変わっているが、基本、平日の夜と土曜日営業というのは変わっていない。



それはこれまでのお話にもあったように、昼間の仕事と並行してお店をやるからだと思うんですけど、体力的なものというか、生活のリズム的には、やってみてどうでした?



丁度よかったんですよ。かなりうまくやれてたんですよ。…なんですけど、やっぱりそのやっていくうちに、昼の仕事の比重が重たくなってきて。



あ、そうなんだ。



なんかね、ちょっとまた仕事の話になるんですけど、(2014年8月から契約社員として働き出した会社で)googleアナリティクスの解析できるのがそのとき私だけやったんですよ。
だから隠してたんですよ。自分だけができる仕事はせんとこって。だから言わんくて、アナリティクス見れること。



なるほど。(できるって)言うと、じゃ、お願い!ってなって、仕事の比重が増えちゃう。



そうそう。分析チームがみんなやっている購買分析とかやったら、自分が休むとかなっても(他の人たちだけでも)問題ないんです。
それで内緒にしてて、あんまりアピールせずにいってたんですけど、その後にgoogleアナリティクスとか詳しい人が入ってきたんですよ。ディレクターで、この人がなんかすごいあの火をつけて(笑)。私自身、一緒に仕事してて楽しくなってしまって。
ハートに火をつけた敏腕ディレクター


つまり、新しく来たディレクターがぜんぜんダメで、頼むでしかし!みたいな感じの人だったりして、「もうこうなったら私がやるしかない」みたいな感じになって、結果的に解析などができるのが社内でバレて忙しくなったとかではなくて、そのニューカマーはめちゃくちゃデキる人だった。
それで刺激を受けたというか、闘志に火がついて、結果仕事に熱を上げだしてしまうことになる。



めちゃできる人が来て、刺激を受けて、池上さんもガンガンいくモードになると。



クライアントにもズバッと物申す感じの女性で。その人と仕事をするのが楽しくて。
で、(その人に刺激を受け)けっこう頑張っちゃうんですよ。そういうターンになってしまって。



結果、池上さんも解析とかができるのがバレて。



そう。なんかまあ始めはちょっと小出しにしてたんですけど、「こんなのいけますか」みたいに聞かれたときに、ああそれいけるわみたいな。
当時、アナリティクスのカスタマイズとかして、詳細な数字を取ったり、そんな感じでどんどん仕事の比重が大きくなっていきました。


その結果、昼間会社で働いて、夜から葉ね文庫をオープンさせ、閉店後(21時半)にまた会社に戻るみたいなこともしていた。
ちなみに、会社は堂島にあり、お店のある中崎町からタクシーで駆けつけるみたいな。



それで10時くらいに会社戻って、そっから朝までになるときもあったし。



めちゃハードワーカーですやん。



セキュリティー上の問題で、基本家に持ち帰れないっていうのがあったから。でも、夜中にやんのも本当はアウトやったけど。



本屋の運営の片手間的に仕事ができないからって前の職場を辞めたのに、そのときと同じか下手したらそれ以上に忙しくなってるみたいな。
でも、大変だけど楽しい感じで。


で、そのできるディレクターがどんどん新しい仕事を受注してくれるから、アナリティクス解析のレポートの仕事が増えていく。
けど、がっつり解析できるのがその女性と池上さんくらいしかいなかったから、当然新しい人を入れようという動きになったんだけど、WEB解析ができる人材は高額報酬を求め、会社に入ってやろうという人が少なかった。
つまり、人材の補填はできなかったわけで、社内の人間を育成しようという方針に切り替わる。



でも、けっきょくその人材育成の指導をするのは池上さんという。



うん。何人かを育てながら、(解析の)レポートもやるみたいな。



派遣で来てるのに育成までやらされて。



途中から契約社員にはなってたんですけど。でも、もう無理やったので「あのもう無理っす」って。



契約社員だから、そこはすっと辞めることができたんですか?



まあ、一応。でも、前職で、「一人でやってる仕事を引き継ぐのは大変」っていうのを実感してたのに、また同じことをやってしまって。
というわけで、なんだかんだで引き継ぎ作業が大変立ったりしたけど、
2018年の12月、ついにくだんの会社を辞めることになる。
ハードワークをこなしつつ、本屋の運営は順調に進む


そんな感じで、仕事は適度にやりつつ本屋さんを運営していくという作戦だったのが、途中から職場にやってきた敏腕ディレクター(女性)に火をつけられ、けっきょく仕事に全力投球みたいなことになり、体力的にはヒイヒイいいながらお店と仕事の両立をしてきた。
その間、お店の方はどうだったのかというと、いい意味で変わらずというか、少しずつ新しいお客さんも増えていき、短歌や現代詩などに特化したこともあって、作者の方がお店を訪問してくれるといった機会も少なからず増えた。



そういう意味では、順調にお店も少しずつ認知されていって、いい感じに来てると。
ただ、読読って本屋さんのポータルサイト立ち上げたときに、本屋さんのお話をいろいろ聞きましたけど、「本屋さん一本でやる大変さ」というか、不安みたいなのもあったと思うんですけど。



本当それで。(当初から仕事と両立して葉ね文庫をやっていたのは)まあ、安心を買ってたという。



葉ね文庫さんとかだと一本でやっても運営はやっていけないこともないと思うんですけど、やっぱそうするといろいろ障壁も出てくるという…。



そうですね。(本屋とは)別にお仕事をしてることで、経済的な心配は特にしなくてもいいというか、安心感はあるので、結果的にいまのやり方がいいのかなと。
インターバル期間を経て、再び契約社員として働き出す


2018年12月にWEBマーケティングの会社を辞め、しばらくのあいだは葉ね文庫一本の時期があった。
その間、ゆっくりお休みモードだったのかというとそういう側面もちょっとはあったが、本屋さんをやりながら次の昼間の仕事も探していた。



仕事はしたいけど、前ほどあんま責任を一人で負わせるようなものじゃないやつがあればベターみたいな。



そうそうそう。それで人材派遣会社に登録だけしたんですけど、そしたらその会社が「うちの社内の仕事ありますけど」みたな感じで、その仕事をやり出して。
なんでも、人材派遣会社に登録した実務経験がまだない人といっしょに仕事をし、その人の実績をつくった上で独り立ちさせて別の会社に派遣するみたいなビジネスモデルで、その実績作りのアシスタントの仕事をアテンドされた。


自分が作業をするわけではないので、これまでの仕事のように結果的に大量の仕事をかかえて大変なことになる的なことはないなということで、めちゃいいやんか!と思って引き受けたが、結果からいうと1年半ほどでそこは離職することになる。



職業支援しつつ、会社にも利益を出すという、理想的なモデルだと思ったんですけど…。実際にすすめるなかでいろいろあって、会社の方針と自分の考えが合わなくなって。
いっしょに仕事をしていた人たちはいい人ばかりだったんですけど。



理想的なこと言うけど、けっきょく効率優先みたいな。まあ、大手とかになればなるほど、そういった歪みはどっかで出てきますよね。



そうなんですよ。今言ってるのはその会社の新規事業だったんですど、ちょっとでも早く投資を回収しようみたいになってて。
で、私もアドバイザー的なのだけじゃなくて、売上をあげるために細々した仕事も入ってきて忙しくなるみたいな。



なるほど。けっきょく実作業とかもどんどん増えていったと。
結果、また仕事がめっちゃ忙しくなる。
で、辞めます、となって2020年9月にくだんの会社を辞める。
本屋&フリーランスでWEBコンサルの仕事をこなす


その後、会社員としてはしばらく空白の期間があって、2021年5月から今現在(2022年10月)働かれている会社で勤務されている。
前の会社を辞めたのが2020年9月なので、半年以上の間隔が空いているわけだが、この間は本屋さん1本だったのかというとそうじゃなくて、フリーランス契約みたいな感じで前職時代のコンサルタント案件を引き継ぎ、業務を請け負った。



私が辞めるときに、後任を入れないのでその仕事は終了に…という話になってたんですけど、そのECサイトがすごく良くて。
タオル屋さんのサイトなんですけど、そこで「いいものを売ることの喜び」を感じていたので、もったいなと思って。



あ、じゃあサイトの見せ方一つで、全然これもっと売上向上できるぞっていう手応えというか、思いがあったんですね。



そうですね。そんとき10万円くらいしか売れてなかったけど、今180万円ぐらいの売上になってます。



18倍なってますやん!



そういう伸びしろあると思ってたからやりたくて。


そのコンサルの仕事をふくめ、単発で入るWEBデザインの仕事なんかをこなしつつ、本屋さんをやる。
プラス、次の仕事も探す、みたいな感じでやってきて、2021年5月から現在の職場で働いている。



またWEB解析のお仕事ですか?



いや、提案書作成っていうふわっとした業務で入ったんですよ。これまでの失敗を鑑みて。



あ、またアナリティクス解析とかゴリゴリにやらされへんように(笑)



はい。ただ、分析のデータを交えることで、めっちゃ提案書良くなるんですよ。



たしかに、客観的な数字入れると説得力は増しますもんね。



だからウェブ解析士の仕事も今めっちゃ活用できているし、提案書を作成していくなかで、けっこういろいろ使ってるから、これまでの集大成みたいな感じで、今の仕事をやってます。
池上さんの半生part4に続く。


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