子ども時代からの読書体験。そして本屋さんを始めようと思ったきっかけ

IT、WEB業界でバリバリやっていた池上さん。

WEBデザインやプログラミングなどを経て、「一生やっていけそう」と思ったWEBマーケターの仕事だったが、やっぱ私には無理かも、と思ったときに浮かび上がってきたのが「本屋さんをやる」ことだった。


そこで「本屋さん」が出てくる池上さんの幼少期の頃からの読書体験について伺ってみた。

※写真:白石卓也

目次

小中校、各時代の読書体験について

何をやりたいか?と考えたときに、迷うことなく「本屋さん」が出てきたということは、

当然小さい頃から本が好きだったのかというと、やっぱりそうだったというか、これが生粋の読書好きで、「本を読みたいがために宿題とかサボってた」らしい。

池上さん

小学校のときはプリント捨てて帰ったり(バレて怒られる)、夏休みの宿題とかもけっこう間引いてやってたりしました。

早く本を読みたいから。

なかがわ

その気持ちちょっとわかるところがあって、高校くらいから本をけっこう読むようになったんですけど、受験勉強してる時間あったら本読めるとか思って、実際サボって文学作品とか読んでました。

ちなみに、池上さんはどんなの読んでたんですか?

池上さん

まず小学校入ってすぐにハマったのが紙芝居。

なかがわ

紙芝居って、近所でやってたんですか?

池上さん

あ、実演じゃなくて、本当の紙芝居ですね、図書館とかにあって。

紙芝居が大好きだった小学校低学年時代

池上さんが紙芝居に惹かれたのは、まずその形態で、「普通の本のカタチじゃないのがおもしろ」かった。

さらに、一番前の絵の説明文が、一番後ろの絵の裏側に文字で書いている、「その仕組みが、もうたまらんくて」と池上さん。

池上さん

あの仕組みも込みで紙芝居ハマって。

図書館行って紙芝居をとりあえず借りまくるっていうのが基本で、それが小1、小2くらいの話です。

なかがわ

小学校の図書館にけっこう紙芝居とかあったんですね。

池上さん

それは小学校のじゃなくて、地域のちょっと大きめの図書館で、友達のお母さんが連れてってくれたときにいっぱい借りて。

別に紙芝居を実演するんとかではなく、たんに読んでたんですけど。同じやつ借りて、繰り返し読んでました。

なかがわ

暗記する勢いですね。絵本とかは読んでなかったんですか?

池上さん

幼稚園の教室にあった絵本とかずっと読んでましたね。なんか「みんなで遊びなさい」ってすごい言われたけど。

なかがわ

仕事のお話のときに、「一人で完結する作業好き」ってことでしたけど、その萌芽がすでにこのときからあったのかもしれない(笑)

池上さん

たしかに(笑)。まあ、絵本とか児童書とかも図書館で借りて読んでたと思うんですけど、小学校低学年のときはとにかく紙芝居を読んでた印象が強いです。

小学校の中に市民図書館ができ、読書三昧の日々を送る

そんな本好き少女だった池上さんにエポックメーキングな出来事があったのは小学校4年生のとき。

通っていた小学校の1階に、市民図書館ができたのだ。

池上さん

それまでは知り合いのお母さんとかに、ちょっと離れた図書館に連れて行ってもらってたけど、自分一人で通える図書館ができた!と思って、すごくうれしかったのを覚えています。

なかがわ

毎日、通える!みたいな。

池上さん

そう。そっから通い出して、図書館のおばちゃんと仲良くなって。で、そのおばちゃんが赤川次郎ファンやったんですよ。

「赤川次郎おもしろいよ」って薦められて、小4ぐらいから赤川次郎をめっちゃ読み始めて。

なかがわ

それまでは紙芝居とか絵本中心やったけど、初めて小説らしきものを読みだしたのが赤川次郎で、それが図書館のおばちゃんの影響やったと。

池上さん

そうそう。多分そのおばちゃんが入れたんやと思うけど、赤川次郎がほぼ全部そろってて。なんか、新刊入るとおばちゃんから家に電話あって。

なかがわ

どんだけヘビーユーザーやねん(笑)


その小学校のなかにできた市民図書館に、小4から小6まで通った。

その間、赤川次郎をベースにその都度気になる作品をいろいろ読んで、「大人の小説の面白さ」実感する。

なかでも衝撃を受けたののが、吉本ばななだった。

なかがわ

『キッチン』とかですか?

池上さん

『キッチン』やったと思います。本当にめっちゃ面白いってなって、世の中にいろんな人がいるんやな、居るんかもなみたいな(ことを感じて)。

なんか、知識欲がすごく出てきて。

なかがわ

もっといろいろ読んで、新しいものに出会えると思ってどんどん読書熱が加速していった感じですかね。

池上さん

はい。でも中学で体育会系のクラブ入って、そのときにちょっと読書から遠のくんですよね。

部活に打ち込んだ中学時代。読書とアルバイトに勤しんだ高校時代

中学校はバスケットボール部に入り、放課後は暗くなるまで練習し、朝練もあるし、週末は練習試合でみたいな感じで、ガッツリ取り組んだ。

相対的に読書の量は減り、そうはいっても学校の図書館の本とかは読んでたんだけど、数に限りあった。

池上さん

高校時代は高校の図書館に通いだして、先生がシドニー・シェルダンめっちゃはまっててめちゃ薦められたり。

あと『アルジャーノンに花束を』とか。基本、すすめられたのはなんでも読んでいったみたいな感じでしたね。

なかがわ

すすめられたやつ以外で、自分なりにハマっていったやつとかなかったんですか?

池上さん

やっぱり吉本ばななが衝撃やって、この感じもっと読みたいのになあと思ったけど、吉本ばなな好きな人が周りにいなくて。

だから、なんか好みとかじゃなく、あるもん片っ端から読んでいったんで、タイトルも覚えてない感じのがいっぱいあります。

なかがわ

もうじゃあ、その頃の生活っていうのは本を常に借りてる状態で、移動中であったりとか、家に帰って寝る前とか、ずっと読んでたみたいな。

池上さん

勉強もせんと、本読むかバイトするか。部活もしてたけど。


部活はテニス部に所属。中学の頃ほどハードではなく、アルバイトにも勤しんだ。

というか、働き出すとバイトのおもしろさを体感し、ファーストフード店を2つ掛け持ちする。

池上さん

接客が面白いなと思って。2つ掛け持ちしたのはシフトの問題で、部活の試合とかもあったんで、そっちの方がやりやすいなと思って。

なかがわ

で、すすめられた本を中心に、空いている時間で本を読んでいたのが高校時代ということですね。

読書の時間が減った社会人時代と、短歌との出会い

ここまで、池上さんの幼少時からの読書体験についてお伺いしてきたが、その主体となっていたのはどの時代も「図書館」だった。

で、いま本屋さんを運営している池上さんに、「本屋さんに対する憧れ」みたいなのはなかったのか訊いてみた。

池上さん

本屋さんも行ってましたよ。そうそう、地元の駅前にね、なんか(本屋さんが)あって。

漫画も好きで、友だちと回し読みして、「りぼん」「なかよし」とか。あと、小学何年生とか。

なかがわ

けっこう、ご両親は本とか買ってくれた感じやったんですか。

池上さん

全然、本に興味なくて…。

なかがわ

じゃ、池上さんご自身が本好きになったのは偶発的なものだったんですかね?

池上さん

きっかけわかんないんですけど、家にもそんな本なくて。

兄の百科事典があって、それは繰り返し読みました。昆虫、動物、宇宙の巻がお気に入りでした。

本に囲まれて仕事をしている人へのぼんやりとした憧れ

というわけで、ご両親やご兄弟の影響を受けたわけでもなく、自発的に本を読み出した池上さん。

ただ、お姉ちゃんが「本好きやから、なんか本買ったるで」と言ってくれてて、小学何年生とかの雑誌を買ってくれていたのもお姉ちゃんだった。

なかがわ

お姉ちゃんは、歳離れてるんですか?

池上さん

そう。12歳離れてて。

なかがわ

なるほど。ちなみに、その子どものころは、別に本屋も好きやったけど本屋さんに憧れてたわけじゃなかったっていう感じですかね。

池上さん

そうですね、まあでもいいなと思ってたけどね。なんか本に囲まれてんのいいなあと思って。図書館のおばちゃんとかもいいな、羨ましいなと思ってましたし。

社会人になってからの読書(激減)

小学校から積極的に本を読むようになり、その後部活やバイトなどで読書量は減ったりしたけど、安定的にというか、時間さえあれば本を手にしていた池上さんだったが、社会人になって以降はどうだったのだろうか?

結論からいうと、読書量はめっちゃ減った。

池上さん

全然余裕なくて。デザインもそんな得意じゃないのに頑張ってるし、プログラムもそんな得意じゃないのに頑張ってるからずっと勉強してて。

勉強してるか、まあ仕事持ち帰ってやってました。

なかがわ

だから本読むとか、そんな時間的な余裕はあんまりなかったと。

池上さん

ただ、30歳くらいになったときかな、ある程度キャリア積んで、身につけた知識とかで仕事がこなせるようになったときに、ちょっと余裕が出て、なんかちょっと緩まるんですよね。

そのときに短歌を見つけて。

なかがわ

初めて短歌に出会った?

池上さん

その頃、また本を読む生活にちょっとずつ戻って、ただその日は(出かけた際に)本を持ってなくて、本をほしいなってたまたま入った乗り換えの駅の本屋さんで、枡野浩一さんの『ショートソング』っていう本が平積みされてて。

そこに「吉祥寺」って文字が見えて、吉祥寺ちょっと興味あったから、「あ、もうこれにしよう」と思って手に取って(笑)。それが短歌の小説で、「うわ、なんかすご」と思って。

短歌に出会い、自分でも作品をつくったり

『ショートソング』という小説で短歌に出会ったわけだが、でも歌集とかどこで買うんやろ?とか思ったけどそのときは特に調べることもなく、しばらくしてからTwitterで短歌を見始めた。

お仕事柄、SNSマーケティングなども手がけていたので、ロム専でツイートはせずに他のユーザーのつぶやきを見ていたのだが、そこで「#tanka」「#jtanka」というハッシュタグがあることを発見する。

で、多くの人が自由に短歌をTwitterで発信していた。

池上さん

短歌やってる人、けっこういるなーって。

『ショートソング』読んだときは自分が作るイメージなかったけど、ツイッター見てたら自分もできるかな、やりたいなってなって。

なかがわ

これくらいやと、私にもできそうみたいな。

池上さん

そうそう。短歌のこともっと知りたいから、知るには中に入んのがいいかなと思って、で作り始めた。

なかがわ

それは時期でいうと、いつくらいのことなんですか?

池上さん

2009年ぐらいから本屋始める前なので、2013年ぐらいまで。

この雑誌に載りたいから出すとか、何か募集とかあるときにお題があって、それに向けて作るみたいな。

なかがわ

あ、じゃあ、池上さん自身が「#jtanka」とかハッシュタグつけてツイートしてたわけじゃないんですね。

池上さん

基本的には。そんなにたくさん作れなかったっていうのもあります。


というわけで、どこかの歌壇に所属するとか、「#jtanka」でツイートしまくるということもなく、「短歌をもうちょっと知りたい」という思いから、自分もノリで作ったけどみたいなぐらいの感じだった。

で、自身でも作り始めてからは、他の人の作品(歌集)もたくさん読んだ。

なかがわ

ほんで短歌ハマっていった感じ?

池上さん

そうそうそうそう。読めば読むほど、もうなんか自分が作るものがどんどん「いや、こんなはずではないな」と思って(ハマっていった)。

会社を辞め、本屋さんをオープンさせるまで

その後、天職だと思っていたWEBマーケティングの仕事が、実はそうじゃなかったというか「このまま続けていくのは難しいかも」と思ったときに思い浮かんだのが本屋さんだった。(第1話参照

で、思い立ってすぐに会社を辞め、準備をして葉ね文庫をオープンさせてたのかというとそんなことはなくて、その間には1年という時間が流れている。


その1年の主な意味は「仕事の引き継ぎ」で、それを滞りなく実践するのが最大の目的だった。

と、それはさておき、「本屋さんになる!」と思い立った翌日、池上さんは岡山県倉敷市に赴く。

本屋をやる!って決めた翌日に蟲文庫に行く

▲岡山県倉敷市にある蟲文庫

岡山県倉敷市に行った理由は、倉敷の美観地区内にある蟲文庫に行くため。

女性店主の田中美穂さんはご自身のお店に関する本を出版されていて、それを読んでいた池上さんは蟲文庫のことを知っていて、当地までお店を見学に行った。

池上さん

ちょっと確かめたくて、ホントに本屋になりたいのか。

やりたいけど、ホンマかなって思って。

なかがわ

なるほど。行って、リトマス試験紙のように自分の反応を確かめる…。

で、行ってみてどやったんですか?

池上さん

もうやりたいなあ。絶対やりたいな、って。

なかがわ

あ、やっぱり。

それはあれですか、なんかお話されたんですか、その店主の方に「私、本屋さんやろうと思ってるんですけど」みたいなことを。

池上さん

いや、全然。そもそも行ったことない店やったし、それがきっかけでとかでもなかったし、(蟲文庫さんは)なんか多くの要因の中の一つくらいやったから(声はようかけなかった)。


▲蟲文庫さんの外観
なかがわ

そしたら、わざわざ大阪から倉敷まで行って、パッと見て帰るみたいな。

ちなみに、滞在時間どれぐらいやったんですか?

池上さん

すごい面白い本屋さんやったから多分、一時間ぐらい居たかもなあ。

あ、でも、30分くらいかも。せっかく行くんだったら観光も兼ねて行こうと思って、お母さん誘って行ったんですよ。だからお母さんが退屈するかなと思ったから1時間もいてないかもしれません。


そして、その日、池上さんはお母さんに自分の考えを伝える。

「ちょっと古本屋なるわ」って。

なかがわ

そしたら、お母さんはなんて?

池上さん

「ええー」って。

なかがわ

そうなりますよね。まあ、でも、必死こいて反対するとかはなかった?

池上さん

そう。すっぱり辞めるんじゃなくて、ちょっとの間、働きながらやるっていうのを決めたから、それもあって「あかんかったら、すぐ辞めたらいいやん」みたいな(感じで言ってくれて)。

本屋開業に向け、1年かけて仕事を引き継ぐ

岡山・倉敷の蟲文庫に行き、「本屋になりたい」という自分のその気持ちが本気であることを確かめた後、すぐに会社を辞めたのかというとそんなことはなくて、上でもご紹介したように、実際に退職したのはそこから約1年後だった。

「会社の仕事の引き継ぎ作業」が主な理由だった。

池上さん

とりあえず会社の引継ぎが気になったから、辞めるのに一年かけようと思って。

社長に話をしたら、「働きながらやったら」って。「もしダメだっても、すぐに戻ってきたらいいし」って言ってくれて。

なかがわ

すごい良い人ですね。

池上さん

うん、めっちゃいい社長で。でも、「いまの仕事はそんな片手間にはできません」ってなって、やっぱりいったんきちっと退職しますと。

その代わり1年かけて、ちゃんと引き継いでから辞めますみたいな。

なかがわ

なるほど。じゃ、本屋開業の準備期間というより、しっかり会社の仕事を引き継いで、次のステージへ行くみたいな、その過渡期としての1年間だったわけですね。

もっともテンションが上がった店舗探し

で、公言通り、本屋さんになる宣言をした1年後の2014年7月に勤めていた化粧品メーカーを退職する。

葉ね文庫がオープンしたのは2014年12月で、4か月のインターバル期間があるが、実は会社を辞めた直後、同じ年の8月に契約社員として働き出している。

池上さん

働きながら本屋さんをやることは決めていたので、(お店始める前に)まず職場なれとこうと思って。

なかがわ

こちらの会社が、葉ね文庫オープン後もずっとお勤めになられてたところということですね。

で、並行してお店の準備が本格的にスタートするわけですよね。

池上さん

はい。まず場所を決めようと思って。一番テンション上がる作業やし。

で、候補は中崎町と天満橋で、中崎町だと前に「Books DANTARION」っていう本屋さんがこのサクラビルの上に入ってて、私も通ってたんですけど、それでサクラビルに魅力を感じてたんですよ。

なかがわ

あ、じゃあ、最初からサクラビル(=葉ね文庫さんが入っているビル)に目を付けてたんですね。

池上さん

そう。あんなところで働けんのうらやましいなって、なんとなくふんわり思ってて、それを思い出して「あ、サクラビル1回聞きに行こう」と思って。

じゃあ空いてて、一旦ちょっとキープして。それと、(自宅がある地域の)沿線沿いで、天満橋は家から通いやすいからっていうのと、駒鳥文庫さんが以前店舗をされてて、ちょっと気になってて。


▲大阪天満宮の近くに店舗を構えておられたときの駒鳥文庫さんの店内の様子
なかがわ

駒鳥文庫さんって、大阪天満宮の近くでやっておられたと思うんですけど、その前の店舗が天満橋だったんですね。

池上さん

はい。駒鳥さんもよく行ってたから、その場所もいいなあって思って見に行ったんですけど、そこは空いてなくて。

それ以外で空いているところを天満橋周辺で見たんですけど、昼もちょっと営業をするイメージがそんなときあったんですけど、昼めっちゃ少ないなあと思って。それで、まあ中崎町やなって。


というわけで、現在葉ね文庫がある中崎町のサクラビル1階の一室を契約することになる。

お店は2014年12月にオープンした。


池上さんの半生part3に続く。

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