スペインの大学院で日本文学や切腹について研究していたアンドレスさんは、The Ship for World Youth(世界青年の船)に参加して初来日を果たす(第一話参照)。
その後、日本で研究を続けたいという思いを強くし、大学院に籍を置きつつその夢を実現した。そんなアンドレスさんが奈良県の東吉野村に移住し、生活を送るようになるまでの「いきさつ」についてのお話です。
※写真:白石卓也
日本に到着後、神戸、大阪を経て奈良県東吉野村へ

The Ship for World Youth(SWY=世界青年の船)の期間が終わり、スペインに帰った後、アンドレスさんは担当教授に日本で研究活動を続けることを嘆願し、その申し入れは受理される。
とはいえ、交換留学などで特定の大学に行くわけでもなく、「日本のどこに行くか」はアンドレスさん次第というか、どうやって決めたのかを訊ねると…。

舟(SWY)乗ったとき、みんな日本人は関西と関東は全然違うって言ってた。その違いをもっと知りたいと思ったのと、僕はどっちかいうと関西が好きになったから。



それは、好きになった女の子が大阪の子やったってのが大きいんちゃうん(笑)



それもある(笑)。けど、東西の文化の違いに興味あって、それを実際に見たいと思って関西に来た。それで最初に着いたのは、神戸。友だちのところに住まわせてもらった。



そのお友だちは、SWYで知り合った日本の人かな?



そう。以前、彼がメキシコに行く話があって、同じタイミングで僕もスペインからメキシコに戻った。それで彼をメキシコの実家に泊めてあげた。
それが2018年の9月の話で、その翌月に神戸に赴く。
そこから約3カ月間、当地で過ごすことになる。
神戸、貝塚を経て彼女が住む堺へ


メキシコで泊めたあげたお礼に、今度はアンドレスさんがそのお友だちに神戸で泊めてもらい、3カ月たった2019年1月に、大阪の貝塚市に引っ越しをする。



彼女が堺市に住んでたから、大阪に引っ越そうと思って。貝塚市にしたのは、家賃がめちゃ安かったから。2万円。



めっちゃ安いな。



めっちゃ大きい家、めっちゃ古い家やけど。一軒家で。そこに3カ月住んだあと、堺に引っ越した。



彼女と同棲?



そのときは別々。近くにおった方がいいかなと思って。
その後、2019年12月に同棲し、2021年の4月に結婚。
そして、アンドレスさん一人がその後2021年12月に東吉野村に移住することになる。
吉野(奈良県)の山に魅せられる


アンドレスさんは東吉野村に移住する前に、当地に何度も訪れていた。
彼女(今の奥さん)の大学の友だちが東吉野村に移住しており、二人でよく遊びに行っていたという。



その友だちも、地域おこし協力隊の仕事した。でも会ったときもう協力隊終わって、結婚して男の人と一緒に住んでた。
僕は何度も行くうちに、東吉野めっちゃ好きになった。



何が一番よかったん? 自然? 山?



山がすごいと思った。道とか家全部がめっちゃ狭い。こんなに狭い。あんまり空見えへんぐらい。見えるけど。



木が生い茂ってるみたいな。



そう。ここに立って山はすごいとこにある。僕の故郷(メキシコ)は山あるけど、ちょっと違う。


ちなみに、アンドレスさんの出身地はメキシコのケレタロという街。
ケレタロ(Querétaro)
メキシコのケレタロ州の基礎自治体(ムニシピオ)である。その中心地であるサンティアゴ・デ・ケレタロ(Santiago de Querétaro)は、ケレタロ州の州都であり、同州最大の都市である。市の人口は約79万人(2020年)。
町は1531年に建設された。17世紀から18世紀には町が発展し、美しい街並みとなった。その当時の歴史の残る地域が、世界遺産として登録されている。「ケレタロ歴史的建造物地区」(1996年、文化遺産)
出典:wikipedia



これまでに、奥さんといっしょにメキシコ行ったことあるの?



行ったことない。行くと思ったけど、コロナちょっと増えてきた。その間にまだ行けへん。でも今年(2022)のいつか予定ある。今年必ず行こうと思ってる。



コロナも解けたしね。解けてへんけどだいぶマシになってきたし。



行けそう、前より。
地域おこし協力隊として東吉野村に移住


もともと東吉野村の地域おこし協力隊をしていたお友だちと交流を深め、何度も当地に遊びに通っているうちに、「自分も地域おこし協力隊やってみたらどうだろう?」と考え始めたというアンドレスさん。
2020年の12月に東吉野に行ったときにその話を友人に相談してみると、「何をやりたい?」って訊かれたという。
地域おこし協力隊とは
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。隊員は各自治体の委嘱を受け、任期は概ね1年以上、3年未満です。
出典:総務省「地域おこし協力隊」



一般的には、大工さんとか陶芸やってる人とか、職人的な人がその活動を通じて地域に貢献するみたいなイメージがある。



僕は小説家で、ライターやけど、いろんな執筆とか研究したいとか言うた。「それは日本語で?」って言われて、僕は「日本語でちょっと無理かもけど、でも世界に東吉野に紹介したい」って言ったら、村は「えー」って。



ちょっと難しいかも、みたいな感じ?



ちょっと考えとくって言われた。でも、協力隊になるために、何かいる。んで、毎年村は4月に募集やってるけど、去年(2021)はなかった。
それで8月に募集があって、エントリーして、村長の面接とかがあって、2021年の12月から協力隊している。


東吉野村の地域おこし協力隊の概要としては、
- 毎月のお給料
- 月~金まで毎日8時間労働(何かしらの職務を遂行する)
- 活動に関する経費は村が負担
- 住む家の家賃と光熱費も村が負担
- 任期は3年



サラリーは多くはないけど、家賃とかかからないし、生活するには十分やっていける。



アンドレスさんの場合は小説家というか、物書き、ライターさんやから、自分がそこで経験したこととか聞いたこととかを日本語なりスペイン語なりでブログとかインターネットで発信すると。それが一つのタスクというか、仕事になってる感じ?



うん。目的は、めっちゃやりたいことは自分の雑誌出したい。メキシコの村に住んでる人と、日本の村に住んでる人の短編小説とか記事とか書いてる雑誌作りたい。
日本とメキシコは似ているとこがある。それは西洋的なものとは対極にあるものとして、そういう話を載せたい。短編小説とか記事とか。



でも、さっきもちょっと言ったけど、地域おこし協力隊の仕事でライターってのは、ちょっと珍しいんじゃない?



今までたぶんライターとかなかった。大工さんとか、家具つくる人とかは仕事いっぱいやけど。



そか。吉野は杉の名産地でもあるしね。
奥大和ラジオをポッドキャストで発信


具体的な情報発信活動のひとつとして、OKUYAMATO RADIO(奥大和ラジオ)をポッドキャストを使って自宅から配信している。
内容は、
- 月に1回配信
- さまざまな角度(生活、歴史、村民)から東吉野村のことを紹介
- 海外のリスナーが知りたいことを募り、アンドレスさんが村民にインタビューした情報を伝える
- 例えば、村の歴史であったり、現在の生活の様子といったことを話す


チャンネルは2020年に立ち上げ、発信した内容はYouTubeチャンネルにアップ。
直近の配信では、高見の郷(千本のしだれ桜で有名)を紹介したのをはじめ、源義経と静御前がいっしょに吉野山の千本さくらに行った話をするなど、吉野の情報を世界に向けて発信している。
東吉野に映画館をつくりたい!


アンドレスさんの夢として、自分の雑誌を作ることは上で書いたが、もうひとつあってそれは東吉野村に文化センターをつくることだ。



文化センターって、例えばどんなの?



例えば、東吉野に映画館ない。50年前ぐらい前は映画館あったけど、もうなくなった。
でもどんどん、外部いろんな人は村に転居してるから、そんなところいるかなと思ってた。ちょっと遊べるところいると思ってた。川で遊べるけど。



アウトドア的なものじゃなく、文化的な施設ね。



映画館とか、図書館とか。そういうのあった方がええんちゃう。例えばカフェもない。カフェは一つだけあるけど。


東吉野村は、もともと小川村・高見村・四郷村の4つの集落が合併してできた村で、地図で見ると広く見えるけど、各コミュニティ同士の間には文化的な交流が図れるようなスペースがない。
だから、そうした各集落の人たちが集まれるような「文化的な場」を創出できればというのがアンドレスさんの思いだ。



映画館つくりたいけど、エンターテインメントという側面もあるけど、どっちか言うと僕は村のこと勉強したいから、勉強したことをそこ(文化センター)に置いとけるようなのにしたい。



資料館的なそんな感じかな。



うん。例えば、「シンウルトラマン」観るための映画館じゃなくて、村で作成したドキュメンタリーを見れるようなところとか。
もうちょっと村のことちょっと守りたい。守りたいというか、わかるようになりたい。



地域おこし協力隊として、そういうコンテンツの制作も手がけるし、そうした情報を発信する場も設けたいと。んで、それが村の人たちが交流できるような場にもなったらって感じですかね。
ちなみに、映画館に改造できへんかなとアンドレスさんが密かに狙っている物件があるそうで。


それがこちらの建物。
東吉野村役場からも徒歩圏内という村の中心地にあり、もとは旅館だったところで、現在は空き家になっている。



なんか「千と千尋」とかに出てきそうな雰囲気やしね。



そうそう。いい感じでしょ。
田舎くらしの情報を発信するWEBマガジンをローンチ


雑誌をつくるのが目的のひとつというアンドレスさんだが、編集者としてWEBマガジンの制作を進め、2022年7月にオープンさせた。
WEBマガジン『ときどき 百姓』
村について 文学と写真のルーラルマガジンです。
このマガジンは、現代の日本の「村」の暮らしと、メキシコの「村」の暮らしを今の歴史としてドキュメントしています(以下略)
出典:『ときどき 百姓』



ルーラル(rural)ということは、都会に対してのいなかの生活を発信するマガジンということですね。



そう。東吉野に住む、いろんな人に協力お願いした。
主要なコンテンツとなるのが、
- 読み物(小説、エッセイ)
- 使い切りカメラのプロジェクト



2つめのは「写ルンです」で村人の方々に撮ってもらう感じ?



うん、何人かに声かけて撮ってもらってる。



すでにお二人分がUPされてるけど(2022年7月現在)、これからいろんな人の写真が増えていくの楽しみですね。



めちゃ、楽しみ! 小説も充実させます。
なお、こちらのWEBマガジンは紙媒体でもリリースされ、2022年10月から年4回発刊の季刊誌として出版される予定です。ご期待ください!
東吉野村での歴史を知るなかで、天誅組への関心も芽生える


書物はもちろん、日々出会う村の人たちとの交流を通じて、東吉野村の歴史についても勉強しているというアンドレスさん。
例えば、1959年(昭和34年)9月の伊勢湾台風のときの話として、川の水位がどれくらいまで来たか、村の被害はどれほどのものだったか、といった話を当時を知る人たちとの会話を通じて知ったという。



あとは、幕末のときの天誅組。



今日来て思ったけど、村のいろんなとこに天誅組の史跡がありますね。






天誅組とは
天誅組(てんちゅうぐみ)は、幕末に公卿中山忠光を主将に志士達で構成された尊皇攘夷派の武装集団。 その活動は文久3年(1863)8月17日の大和国五條代官所討ち入り(挙兵)から、幕府の追討を受け転戦してのち、同年9月24日~27日大和国東吉野村で多くの隊士が戦死して壊滅するまでの約40日である。(天誅組の変)。天忠組とも。
出典:wikipedia



いろいろ勉強して、天誅組のことも興味持った。



天誅組は詳しくないんですけど、特に誰が好きとかあるんですか。



吉村虎太郎かな。坂本龍馬といっしょで、土佐藩を脱藩した人。僕の家の近くに、吉村虎太郎の墓がある。



そうなんや。あとで行ってみましょか。
というわけで、取材の終わりがけに「天誅組終焉の地」の石碑のすぐ近くにある吉田寅太郎の墓に行ってみた。







この場所好きで、たまに来ます。



たしかに、周りが木に囲まれててて涼しいし、神聖なというか、すごく落ち着いた雰囲気がありますね。
東吉野村の地域おこし協力隊の活動と研究の関連について


つらつらとアンドレスさんの東吉野村で生活するようになった経緯や活動内容について紹介してきたけど、そもそも彼は現在スペインの大学院の博士課程に在籍しており、研究のために日本に来ている。
それが吉野で地域おこしに興じてたらあかんやんかっていうツッコミもあるかもしれないが、こうした東吉野村のコミュニティでの活動や交流が研究活動にもつながっているという。



切腹とか、日本の歴史、文化を研究しているから、日本での生活そのものが研究にもつながる。



そういえば、船(SWY)に乗って日本人学生と交流するなかで、日本の戦後とか政治にも興味がわいたって言ってたもんね。



うん。村の消失ってテーマでも研究してて、それは日本とメキシコで。2つの国、似てるところある。例えばメキシコにも大学生の運動めっちゃいっぱいあった。あと、百姓の運動もめっちゃいっぱいあった。その成田(三里塚闘争)みたいな。



特にどういうところが似てるの?





大学生の運動。いろんな理由があったけど、だいたい大学生は暴力でめっちゃ運動してた。それはやってる。あとは、村民のサポートもちょっともらった。
例えば、日本の大学生は長崎の佐世保まで行って、アメリカのエンタープライズの入港えを阻止しようとした。



68年ね。村上龍って作家知ってるかな? 彼がそれに参加してて、小説にも書いてたりする。



村上龍わかる。佐世保では最初300人くらい学生集まって、機動隊とちょっと戦いして、めちゃ負けた。そのときに、佐世保の人たちが学生にシンパシー感じて、サポートしたりした。
そういうのちょっと似てる。同じ時代、メキシコでも同じようなことをやってた。



三島由紀夫の話のときも言うてたけど、文学的なことだけじゃなくて、けっこう政治色も強い感じですね、アンドレスさんの研究は。



うん、ちょっとだけね。
週末は大阪、ウィークデイは東吉野な生活


ところで、アンドレスさんは既婚で、奥さんは大阪の堺市に住んでいる。
月曜日から金曜日までを東吉野村で過ごし、金曜の夜に奥さんのいる堺市に行って週末をいっしょに過ごし、月曜日の朝に吉野に帰るというのが、いつものパターンだ。



たまに彼女が金曜の夜に吉野に来ることもある。



でも、結婚して新婚生活やのに、早々に別居になって、奥さんはどうして?みたいなことは言ってないの?



大丈夫。でもこの話すると、だいたいなんで?って驚かれる。なんか昔の人は男の人はいろんなとこに行ったら女の人も一緒にいた方がいい。



古い考えやけどね。でもアンドレスさんの場合、奥さんは奥さんで堺市で仕事されてて、お互いにやりたいことを支え合ってる感じってことですね。



うん、彼女はいろいろサポートしてくれてる。


ちなみに、奥さんは大学在学中にSWYに参加したほか(その船上でアンドレスさんと出会う!)、パリにワークショップに行ったり、オーストラリアにい英語の勉強に行ったり、インドにも行ったり、いろいろとグローバルな活動に取り組み、英語もご堪能とのこと。



じゃあ、最初は英語でやりとりしてたん?



そう。いまは毎日の話は日本語。でも、僕は黙りたくないとき英語使ってる。



なるほど。そしたら、日本語の本とか読んでて、わからんの出てきたら彼女に聞いてみたり。
てか、いまさらやけど、アンドレスさん日本語上手やな。



ありがとう。漢字わからんときは、これ(翻訳アプリ=手で漢字を書くと、意味が出てくるやつ)使ってる。彼女おったら、彼女にも聞くけど。
アンドレスさんの半生part4に続く。


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